日常戻り過ぎ93〜目覚めて起きて背中押されて1か月
本日12/2 火曜日のはずが〜本日12/5 金曜日
明日こそ書こうとイジイジしていたら…もう12月。脳梗塞から一年経ってしまう。
スケジュール見つつ記録を辿っておこう。
11/10 月曜日
脳梗塞発症から一年近く。クリニックで定期MRIを予約して、夫と共に検査を受けた。
去年は、検査中咳き込みが心配で、うぐうぐしながらじっと我慢の子であったことを思い出す。
今回は平静に、身動ぎも狼狽えることもなく、20分位か、滞りなく終えることが出来た。夫も共にいたことが、落ち着いていられた原因だと思う。結構依頼心強し。
画像の結果は特筆することはなく、残念ながら梗塞の跡はしっかり光ったまんまだが、そこそこ体の不具合も無く、この程度で済んだということがありがたい。家中の神仏に感謝した。
但し、季節的、もしくは抗生物質の薬効が薄れたのか、咳痰が少し多くなってきた。眉間というかその辺りに膿があるようだ。副鼻腔の上、篩骨洞?前回もこういった経緯があって、病気発症となった訳で、少し恐ろしい。鼻うがい、喉うがいの励行、マスク、手洗いも頻繁に行う。肝は、ウィルス感染、炎症反応の再燃であることは充分理解している。避けなければ!フンと力を入れた。
11/12 水曜日
定期通院日。CRP0.39、Hのフラグは立っている。MRI 画像は見せたけれど、まあスルー。風邪をもらわないようにとのお達しだった。以前卵巣近辺の腫瘍マーカーの上昇があったことがあったが、今回さりげなく項目に載っていた。同じくHフラグだったが、状態変わらず、ということで特にコメントもなく経過を見ていく、ということらしい。前回婦人科医に、お胸の悪い人にこの数値が反応することがある、と言われたので、まあそういうことなんだろう、と、思うことにした。
そしてすぐに、私の緊急入院があったらベッドどうしよう、と思ってました、と毎度の如く言われる。その度にドキッとすることを先生理解してくれないだろうか、と、心底念じるのも毎度のことだけど。慣れないわ〜。
11/14 金曜日
リハビリ作業療法士さん(スポット)来訪。いつものIさんの代理でサービスステーション代表のTさんが見えた。角膜移植5回、血内病棟勤務経験豊富な方である。喘息歴も長く、私の状態や症状に対して非常に理解してくださり、共感してくれた。
施術は背骨、呼吸筋が弛まないと息も入っていかないとのことで、しっかり1時間くらい、背面を充分ほぐしていただいた。終わった後の息の通りの楽さたらなかった。ピンポイントで良い、是非ローテーションに組んで欲しいと、切に願っておいたけど。
11/15 土曜日
ミニ同窓会という感じで、金沢八景まで小中一緒のY子さんに会いに行った。
電車より車の方が転倒リスクもないし、と言うことで車移動にした。
第三京浜、横横を通って1時間15分、トロトロとおっかなびっくり運転した。トンネル内に入ると一瞬視界が白くなる。これは白内障手術早々に実行しようと思った。
Y子さんとI君という中学からの同級生同士、それなり年齢を重ね、でも喋っているうちにいつのまにか子供時代に戻っていたけれど。Y子さんの容貌に少し心が動揺した。眉間が険しく、左手が亜脱臼しやすいとのことで、手を三角巾で吊っていた。メガネのストラップが端切れの編み込みのようなもので、顔の横にぶら下がっていた。ベストというか、リハビリ用のお洋服を着ていた。会話のタイミングが微妙にズレた。もう1人のI君はシルバーグレーの髪に変わらぬハスキーボイス、アマチュア無線少年の面影を残していた。
2時間ほどの滞在、帰り際の会計時、I君の精算を待っている間にY子さんはエレベーターで消えてしまった。会計終わり、下に降りるとY子さんは、私、だから人に対して思いやりがない、って夫に言われるのよ、と。まあまあ、ということで外に出ると、これまたスタスタと1人で違う方向に歩いていってしまった。ご本人も高次脳機能障害と名言されていたし、口癖のように私バカだから、と話されていたけど。K大卒、クレバーなひとだけど。
ご主人主導の家庭運営になって何年も経ち、自信も崩されているのだと思うけど。
何とも帰り道、落ち込んでしまった。まあ帰りは40分で自宅に着いたけど。
11/20 木曜日
会社の同僚友に会った。田園調布まで来てもらい、自由が丘のパンケーキ屋さんに移動。
彼女は家族間の緊密な繋がりの濃い人、周りはご親戚だらけ、心強い環境で育った人だ。
白内障手術の件で大いに参考になった。彼女は両目とも一日で手術したそうだ。。妹さんたちに帯同してもらい、戸塚の眼科クリニックで施術してもらったと。そのままホテル宿泊、翌日の通院でひとまず無事治療を終えたとのこと。洗顔、洗髪禁止、1ヵ月は感染注意ということだろう。そして医療費用、両目160万とか。だが、思った通りの視界にはならないと。日にち薬を待っていると。
多焦点レンズ、自由診療ということを考慮してみても高い〜、私は無理だときっぱり思った。
何年も医療の限界というか見極め予測をするようになっていた。
自分の自然本質に勝るものは何もない。目も、歯も、神経も、全身体細胞の一つ一つまで、置き換えられたとしても、全てを保護維持していた体は、治療した段階で、もう元には戻れない…つくづくそう思う。
後は、自分の思考に妥協点を見つけ、最終的には命優先、となるのだ。
見えないので濁りレンズを入れ替えるほかないが、見え方は本来の自分の目力はないだろう。せめて、普段の見え方が辛うじて出来て、自分の過去の習慣が違和感なく送れる、そんな状態になることを切望している。だから、単体レンズで、見えないところはメガネの力を借りて、車生活、日常生活を送っていきたい。
それを再確認した日だった。
今週は人疲れからか、リハビリはお休みにして、家でゴロゴロしていたっけ。
11/24 月曜日
午後から孫来訪。可愛い。足が長くなって益々少年らしさが増してきた。後から、パパのお母さんに会った時、私に足長くなったねえ、と褒められたと、自慢していたそうだ。褒められていることの自尊心アップ、そんなことも理解するようになったのだ。
去年は参加拒否していた保育園の運動会も、どれもこれも笑顔の写真でいっぱい。鉢巻姿も凛々しく、お祭りマンボを踊っていた。それを懸命に追う娘のカメラ目線もやっぱり可愛いと思う。親になったんだね。
一年でこんなに成長するんだな。そろそろ祖父母の記憶も残ってくれるかな。
11/26 水曜日
作業療法士Kさん来訪。代理で来ていただいたTさんのお話をした。背骨周辺の筋肉リリース、これが気持ち良かったと。できれば、スポットで月一日でも良いのでお願いしたいと。ちょっと躊躇したけれど、私の本音を、ご理解いただけたら幸いだけど。
首周りのほぐしをしていただくのだが、なかなかに痛い。後々まで痛い。気持ち察してくれるかな〜。
11/27 木曜日
横浜の別の友人に自由が丘までご足労願った。行きに気が急いていたからか、踏切の側道で隠れていた警官にしっかり踏切一時停止違反切符を切られた。もう、はい、はいしか返事はせず、早く解放してくれ、という感じ。何故隠れているのか。違反による事故防止というなら、しっかり目視できるように目立つべきじゃないのか。鼠取りならぬ猫だましみたいだけど。
ということで少し遅刻。いつもかもだけど。
小籠包ランチを摂った。お店の雰囲気は良し。味は?台湾で入った本場のものは美味しかったなあ。
友人の彼女これもYちゃんは家つき娘。次女ながら旦那さんの理解を得て旧姓を受け継いだ。短大時代、頭痛、めまいの頻度多く、親御さんは病弱と考え、これは手放せないと思ったようだ。
未だめまいには悩まされる事も多いらしいが、しっかりプールに通い、スタジオにも参加してとてもアクティブだ。お母さんの面倒、また近年ご主人の大病で大分ご苦労なさり、しばらく会えなかったが、やっとこちらまで足を運んでくれた。いつもありがたい。やっぱり元町近辺まで車移動は時間がかかるのです。
いつも思い浮かぶのは彼女のハマトラスタイル。フクゾーの7部丈ブロード綿シャツ、タータンチェックの巻きスカート、ミハマのペタンコ靴にキタムラのバック、だ。ハマっ子そのもの。東京の人、とよく言われたものだ。つるんでいた他の子達も皆本牧育ちだったりして、なんだかんだで元町を愛してた人たちだっけ。
ということで、11月は〆。
また次回❗️
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